ドラえもんがなんとかしてくれると思った

ーー概要

ドラえもんがなんとかしてくれると思ったは、極限まで追い詰められた人間が諦観の意を込めて言い放つ、昔ながらの慣用句である。ある犯人が自白を強要され、法廷の場で追い詰められたときに言い放った神の言葉(ロゴス)でもある。この言葉の本質は「奇襲」にある。まず「お前はなぜこんなことをしたのだ。答えろ」と言われた際、とっさに「ドラえもんがなんとかしてくれると思った」とぶっちゃけたことで審問者は「あー、そうなのか。」となんの疑念も抱くことなく回答者はその場を凌ぐことができたという。いわば言葉の奇襲であり、言い逃れができない人間がクソ喰らえとばかりに放つこの言葉はのちにその便利さから乱用されることとなった。


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なお、本人は乗り気ではない模様。

ーー被告人の供述

犯罪を犯した被告人は取り調べを受け、法廷裁判の末に長きにわたる服役生活を送ることになる。しかし、ある者は法廷で「なぜ被害者への謝罪の言葉がないのだ」と言われた際に「ドラえもんがなんとかしれくれると思った(から)」と涼しげな顔で返答したという。これにより、被害者及び裁判官・傍聴席にいる見物人からも非難の声を浴びたが、弁護士のお墨付きでなんとかその場を凌ぐことができた。そして精神疾患を疑われ、被告人には特別矯正施設への送致が妥当と判断し実質的なタイーホは免れた。ただし勘違いしてはいけないのが、ドラえもん本人は何もしてくれないということだ。「ドラえもんがなんとかしてくれると思った」という言葉の武器はあくまで逃げ口上の一手に過ぎない、ということなのだ。ドラえもんは何もしてくれない。
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尋問される被告人のび太

ーー言葉の乱用

しかしこの言葉には致命的な欠点が存在する。それはドラえもんというキャラクターが実在しないこと、及び言葉の汎用性に長け乱用した人間たちが多すぎることで、次第に嘘や本性を見破られるという想定外の事態が立て続けに発生しているのだ。まずこの言葉の武器をうまく使用するためには、①ドラえもんの実現可能性の検討、②言葉の唯一無二性を守ることが重要になってくる。以下に例を示す。

ドラえもんの実現可能性

これはドラえもんという創作物のキャラクターが実は存在するという破天荒にもほどがあるくらいのトンデモ理論をぶちまける必要がある。まずドラえもんの姿形を見てほしい。明らかに現代世界のヒューマノイドだ。もしこれに感情を宿すことができるなら、ドラえもんの存在に一歩近づくことができる。さらに4次元ポケットの存在も忘れてはならない。これは底がない(見えない)ほどの深い谷間やマンホールに例えることができ、その袋状の器官からありとあらゆる道具が出てくるというのは、現代でいうマトリョーシカに近い発想と言える。この2つの課題をクリアすることで初めてドラえもんの実現可能性に一歩近づくことができるのだ。これができるのは未来科学者かITの専門職を持つプロフェッショナルなやり手だけ。一般人であれば極めて望みは薄いと言えるだろう。

②言葉の唯一無二性

この言葉の法的効力や優位性を保つためにはずばり「言葉の乱用」を避ける必要がある。本当に必要に迫られた時のみ、とっさに言い放つのが良いとされているが、この言葉の汎用性に味を占めた馬鹿どもがむやみに乱用してしまい、質問者に「またそのセリフかー」と呆れ顔で言われてしまうケースが多くなった。そのため、言葉の乱用を避け、このセリフの優位性を担保するため、少しユニークな言い換えが実践された。それは「ドラミちゃんがなんとかしてくれると思った」などである。まさに原語と似て非なるもの、この言葉のすり替えには誰も気づきまい。発案者はイグノーベル賞相当の名誉を与えるべきだろう。

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しかしこうなったら一貫の終わりであるため、使うタイミングには細心の注意を払うべし。

ーー「なんとかしてくれると思ったのに・・」

さらに似て非なる表現として、「なんとかしてくれると思ったのに・・」というものもあるが、これは結果論であり本人が何もしてくれなかったことに対する諦めムード・・という意味合いが強くこちらのほうは原語と比べ汎用性に欠ける。ちなみにドラえもんジャイアンが妹のジャイ子の漫画をなんとか入賞させたいと必死に執筆をのび太たちに手伝わせ、のび太たちも「きっと大丈夫だよ!」と背中を押していたのだが結局入賞は果たせず本棚のラックにジャイ子の漫画が並べられていないことを知り、本人の言葉を借りてジャイアン「大丈夫だって言ったのに・・!」と怒りを爆発させていた。これは本人の言葉を借用し「お前が言った言葉だから最後まで責任は取ってもらう」という無茶苦茶なロジックで完全にのび太たちを論破している。これに対しのび太たちは逃げることしかできず何も反論はできなかったという。論理としてはやや転倒しているが、のび太たちが「大丈夫」と完全に言い切ったことは否定できないため、やはり反論の余地はない。これに関してはジャイアンが9割9部9厘正しいと言える。

 

最後に一言。

「それでもドラえもんは何もしてくれない」

他人任せにしないで自分なりの考えや意見を持つことがやはり大事である。